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羊の時刻

荻サカエの雑文置き場です。

博文館の当用日記2017購入。

 2016年は携帯用には『ちくま文庫手帳2016』、たっぷり書く用に『ほぼ日手帳2016』、さらにたっぷり書くときには無地のモレスキンポケットの三刀流態勢でそれなりに使いやすかった。けれど「それなり」では満足できない、満足したくないのが手帳病患者のサガと言うもの。さて来年はどうするか。
『ほぼ日』は今年初めて使ってみてそれなりに良さもあると思ったけれど、

  • 「お言葉」にどうしても馴染めない
  • 巻末のおまけも邪魔
  • 一見携帯しやすそうな文庫サイズだけど実際携帯するには分厚すぎて重たすぎる
  • 2017年版のカバーのラインナップに欲しいデザインが無い(MOTHER2のカバーは2015年のonettが今思えば一番可愛かった。高くて買わなかったけど。それに私はMOTHERは断然初代が好きなのに何故2ばかりグッズが出るのか。サントラだって初代こそ神なのに)

 などの理由から来年は使わないことにした。で、じゃあ携帯用は今年に引き続き『ちくま文庫手帳』でいいとして、こたつで書く用の日記帳はどこの何にしよう。

  • EDiTの一日一ページ、B7変形版:ゴムバンド付きで軽くて小さくて使いやすそう。ではあったけれど、1800円+税という価格にやや怯む。デザインが百店満点で気に入ったと言うわけでもないし、それに携帯性に関しては『ちくま文庫手帳』とMoleskine pocket(プレーン)に任せてるから(旅行の時とか、だいぶたくさん書くのが分かっている場合にはマルマンのクロッキー帳も併用)日記帳はそこまで小さく軽くなくてもいい。というわけで、今回は見送り。
  • 新潮文庫マイブック:安くて軽くて無地。無地なのは大変すばらしい。ページの開き具合も発売当時に比べたら格段に改善された。けれども、万年筆で書くとどうしようもなく裏抜けするのでこれも日記帳としてはアウト。でもボールペンや色鉛筆で日付を無視して落書きするには絶好のノート。なので2016年版の空きページを全部使い切ったら2017年版も買うつもり。
  • Moleskine Daily Diary:高い。しかも罫線が邪魔。一日一ページ仕様のMoleskineで唯一罫線が入っていなかったXSサイズは一度使ってみたかったのだけどどうやら廃盤になった模様。ご縁が無かったと思うしか無い。

 

 で、たどり着いた結論はこの一冊。

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 青のハードカバーに燦然と輝く金のニワトリ。渋すぎるデザインと「1,660円+税 価格据置!」という心意気に惚れた。博文館と言えば内田百間が若い頃に随筆を投稿していた宛先でもあることだし、そう思えば積極的にどんな小さなことでも書いておく気になれそう。

三好銀の最新刊。

 これから読む。

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 左の赤いのは今日神社でひいたおみくじ。なんだか三好銀の絵に似合いそうなデザインだなと思って並べて撮ったら確かに実に似合ってるけれど、よく考えたら「追悼」と書いてある本の横に置いてよかったのかという気も。でもどう見ても似合ってる。『三好さんとこの日曜日』の扉絵に描いてあったらしっくり来そう、と思って、ぱらぱらめくって確かめたら『三好さんとこの日曜日』『いるのにいない日曜日』の二冊だけでも鯛は扉絵に二回、本編中にも一回登場してた。じっくり探せばもっとあるかも。今はとにかく新刊が早く読み鯛。

 

 机の上の、ちょっとした紙切れやあちこちでもらった栞なんかを入れてある箱を先日整理していたらエンターブレインハルタの2016年2月号の読者アンケートハガキが出てきた。切手まで貼ってあるのに出さなかったらしい。その「ご意見ご感想などご自由にお書き下さい!」の欄に私は「三好銀が読みたいです。」とひとことだけ書いてある。

 三好銀はビームの作家だということは知っていたけどその時手元にあったのがハルタで(全員プレゼントの『こどもフェローズ』が欲しくてその前の号を買ったら面白くて、雑誌を買わない私にしては珍しく二号連続で買ったんだったと思う)、同じエンターブレインなんだからハルタ宛てでも要望の声は編集部に届くだろうと思って書くには書いたものの、そうは言ってもやっぱり別雑誌だしと迷って出さずじまいになったハガキ。出せばよかった。もしかしたら生前の三好銀に「読みたいです」のひとことだけでも気持ちが伝えられたかもしれないのに。

真田丸48話の

 哀川翔にテンション上がりすぎて軽く過呼吸起こしてる月曜日。前半から中盤にかけてのじとじとぐだぐだしたストレスフルこの上無い展開からの哀川カタルシス翔。しかし大蔵卿がここまでうざったい人になるとは思いもしなかった。加藤清正が生きてれば井戸に叩き込んでくれただろうに。

 残すはあと2話。録画事故も起こさず無事に観届けられればこれは私にとって生まれて初めて全話通して観た大河ドラマになる(『新撰組!』は途中で脱落。そのほかは全く観ていない)。偉業だ。

 と、書いたあとで念のために検索したら、全50話じゃなくて55話だった。思ったより長かった。草刈正雄も出ないのにあと7話も見続けられるだろうか。無理矢理にでも哀川翔草刈正雄くらい、というのは無理だからその五分の一くらいは好きになる努力を今からでもすべきか。

 と、書いてからもう一度検索したらやっぱり残り2話だった。じゃあ別に無理に哀川翔をこれ以上好きになることも無いか。今の時点ですでに峯村リエの半分くらいは好きだし。

 

 夕焼けを眺める真田幸村の姿にばば様の言葉を思い出した。「おのがさだめに気づくか、気づかぬか」。泰平の世の確立のために真田幸村が歴史に背負わされたさだめ、それが今回ついに幸村自身にもはっきり見えたんだろうか。

 

宇多田ヒカル『線 -sen-』購入。

 私が歌手の本を買うのは*1私の記憶が確かならば森口博子『モリグチの元気だってば!』を買ったとき以来だ。なんで買ったんだっけと遠い思い出を辿ってみると『世紀末クイズ』に行き着いた。英語の教科書のイラストが世紀末クイズのイラストレーターで嬉しかったっけ。四半世紀ぶりのアーティスト本購入、せっかくなので記念撮影。

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 隣の本は最近買った長新太のよりぬきマンガ集『これが好きなのよ』。黄色の具合と言い分厚さと言い、きょうだいみたいに似てるので並べてみた。長年かかって書き溜められた原稿の大盤振る舞い宝箱、というような成り立ちも似てる。

 宇多田ヒカルが好きだということに最近唐突に気がついて、オフィシャルサイトのブログを読み進めていくうちにどうしても絶対に今これが買いたくなって雨の中傘をさして本屋まで行って買って来た。雨の日の本屋さんが好きだと宇多田ヒカルがいつかのブログに書いてたし買うなら今日しか無いとも思って、『ULTRA BLUE』をiPod touchで聴きながら。今さら初めて聴いたけどBLUEおそろしく名曲だ。宇多田ヒカルが好きなんだとはっきり認識したきっかけはYoutubeで観た『Goodbye Happiness』のMV。なんだこれ殺人的に可愛い、これ撮ったのなんて監督だろう、と思って検索したらなんと本人監督と知って全面的に降伏した。宇多田ヒカルの魅力に白旗。画面の向こうの宇多田ヒカルが可愛すぎて、特に一番のサビ前あたりまでは距離が近すぎて照れてしまって画面から視線を外してしまう。そして2分30秒過ぎからの黄色いソファで感極まる。


宇多田ヒカル - Goodbye Happiness

 昔から歌はさんざん聴いて覚えて口ずさんでたくせに、若い女性アーティスト、それも国民的支持をほしいままにしているスタアを好きだと言うことに抵抗があって「宇多田ヒカル大好き」とは人前ではおろか、心の中でひっそり自分自身に言うことすらできずに生きてきたけれど、本まで買ったからにはもう間違いない。私はまぎれもなく宇多田ヒカルのファンだ。これからは隠さず隠れずファンとして生きていこう。ライブも是非行ってみたい。そしてくまグッズを買いたい。

 まだ全部のアルバムを聴いてはいないけれど、現時点での宇多田ヒカルの好きな曲ベスト5(順不同)。

1.Letters

2.Passion

3.Distance

4.光

5.BLUE

6.Keep Tryn'

7.真夏の通り雨

 5曲じゃ収まりっこ無かった。

 話は冒頭に戻って森口博子、最近の動画を観たら昔より色っぽく歌も綺麗になってた。お小遣い切り詰めて本を買った四半世紀前の私は正しかったんだ。


HIROKO MORIGUCHI - 水の星へ愛をこめて -

*1:私が買わなくても家人がOzzy Osbourneの人生相談本とかを買って来るので我が家の本棚に歌手の本は少なくはない。

初雪の記録

 去る11月24日の朝の散歩スナップ。Nikon Coolpix S7000は防水ではなく寒冷地仕様でもないので傘と我が身でカメラをかばいながらの強行撮影。濡らすのが怖くてほんの数枚しか撮れなかったけど、ばしゃばしゃ無制限に撮りまくれた時の写真よりも記憶を喚起する力が強いみたいで面白い。

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 雪と紅葉と松本城

 

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 ナワテ通りのガマ侍。もともと大学の学園祭で作られたらしい御神輿が今では立派な観光資源に。つい最近作られたハリボテであって特にたいした由緒は無いということを看板書きでさっぱりカミングアウトしてしまっているところが好きです。

 

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 四柱神社の雪と紅葉。すぐそこの交番ではおまわりさんがてきぱき雪かきしててかっこよかった。そのまたすぐそばの交差点の向こうでは幼稚園児あるいはそれ未満のちっこい男の子が自分の身長の二倍はある長いスコップを懸命に操ってお母さんの雪かきを手伝ってた。雪の降る日は人はみんな健気に見える。

 

 雪が降っててもそんなに死ぬほど寒いってことは無いんだな、松本の冬は厳寒と聞いていたけどこれならなんとか生き延びられるかも、と、この日の朝は元気いっぱいだったけれど、必要も無いのに雪の中を歩き回った無理が祟って翌日丸一日寝込んだ。戦いはまだ始まったばかりだ。

国立科学博物館のクジラ

 レストラン『ムーセイオン』で昼ご飯を食べた後、秋晴れの空の下で。

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 再入場スタンプを押してもらって一旦かはくを出て展覧会をふたつハシゴして(『ゴッホゴーギャン展』と『デトロイト美術館展』)、戻って来て閉館ぎりぎりまで人工衛星の予備機やイトカワの微粒子やキリンの舌やシーボルトの手紙などなどを見て回ってへとへとになって出てきて夜のクジラを激写。昼間見るよりも断然ファンタジー感が強くてお薦め。

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 よく見れば目が怖いのもチャームポイント。

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 木山捷平のエッセイ集『行列の尻尾』の表題作(って言い方、エッセイでもするんだろうか、エッセイなんだとすれば「作」った話ではないけれど「著作」ではある。でもこの人の場合エッセイと創作の境目がそんなにははっきりしてない。これが本当にエッセイなのか、それとも実は短編小説なのか私には見分けがつかない。そんなところが独特で好きな作家)「行列の尻尾」によると昔の上野の科学博物館の前には作り物じゃなくて本物のクジラの標本が展示されていたんだとか。ミロのヴィーナスを見に出かけたら行列が御徒町のあたりまで伸びていて、その尻尾をようやく探し当てて並んで順番を四時間待つあいだに若い女の人ふたり連れとおしゃべりした話。以下抜粋。

 

「尻っ尾のうまいものって、何だか知っているかい?」

「タクアンでしょう」

「そのとおり、ご名答。ところがもう一つあるんだ。これは多分知らないだろうから、館までの宿題ということにしておこう」

(中略)

 私は行列を逆順に歩いたので、科学博物館の前に鯨の標本がたくさん並んでいるのを知っていた。そこまで行ったとき、教えてやるつもりだった。鯨は魚ではないから、頭よりも尻っ尾のほうがうまいのだ。

(木山捷平『行列の尻尾』幻戯書房 p.176-177より抜粋)

  

 東京をぶらつく時にふと木山捷平の文章を思い出すと、木山捷平と一緒に散歩しているみたいな気がしてきて楽しい。

 ムーセイオンで食べたのは『首長竜の巣ごもりプレート』750円。一志敦子『東京路地猫マップ』でイラスト入りで紹介されてるのを読んで以来、ということは九年前から(奥付が2007年。私はこのシリーズは2冊目以降必ず発売直後に買って読んでる)いつか食べたいとずっと思っていた、けれど照れが邪魔をして勇気が出せずにいた憧れのひと皿。ついに悲願成就。年を取ると図々しくなると言うけれど、図々しくなってこそ叶う憧れもある。

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 大人がひとりで、キラキラ眩しい店内でもひときわ輝かしくライトアップされたド真ん中の素敵な席でお子様ランチを注文し、そして完食するというのは勇気の要るわざだった。でも勇気は貯め込んだって利子なんかつかないんだし、食べてよかった。味は、ハンバーグはお弁当用のミートボール系の味。巣ごもりの巣の部分はミートソーススパゲティ、少ないけど美味しかった。巣ごもりの卵の部分は「タコボール」とメニューにあって、なんだそれと思ったらたこ焼きのフライだった。これも美味しかった。で、これが「巣ごもり」なのは理解できるけど、どのへんを以て「首長竜」の巣だと主張してるのかと戸惑いながら食べ進めていくとスパゲティの蔭から長めのソーセージが出てきて納得した。星形の物体はエビクリームコロッケ、だったと思う。極度に緊張してたのでこのへんの記憶は曖昧。

 コップの中身は、メニューの写真を見た感じコーンクリームスープに見えたけど来てみたらオレンジジュースだった。ひとりお子様ランチ敢行に際して緊張しすぎていたせいでメニューにちゃんと「ジュース」と書いてあるのをしっかり見たのに注文時には頭からそれがすっぽり抜けてしまい、アイスコーヒー(340円)を注文してしまって飲み物かぶりでお腹がぽがぽに。でもアイスコーヒーもジュースも美味しかった。さすが上野。デザートのババロアも、フルーチェみたいな人工的なチープな味だろうと期待せずに食べたてみたらどぎつくないほんのりした甘さ、お母さんが作ってくれたおやつ的なまともな美味しさで、いい意味で裏切られた。食べる前にスプーン下げられそうになってちょっと悲しかったけど。パセリは残した。もう大人だから好き嫌いしてもいいんです。

 食べ終わって、ふと顔を上げれば天井には真昼の星空。また来よう。

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念願のゴッホポーチを

 高速バスに片道三時間揺られて手に入れた。

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 二つ折りのポーチを開けると中は龍角散入れとなっております。

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 せっかくだからと一泊二日かけて時間と体力の限界まで展覧会をはしごした。図録を三冊背負って帰って来たから丸一日寝てもまだ肩がピンチ。今後しばらく口を開けば上野の感想の話しかしそうにない。

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 上野公園は秋の銀杏が真っ黄っ黄だった。この季節に黄色の画家・ゴッホが見られてほんとうに嬉しい。

 誰かがピアスを落としたのかと思ったら木の実だった。

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